清原善澄(読み)きよはらのよしずみ

世界大百科事典(旧版)内の清原善澄の言及

【大和魂】より

…――こうしてみると,《大鏡》成立当時,平安後期ころの〈やまとだましい〉の属性には,政治技術としてのトリック,明朗なる笑いの精神,咄嗟(とつさ)のさいの機知,頭の回転の早さ,などが含まれていたと考えてよいだろう。 第3の例は《今昔物語集》巻第二十九に載る話で,貧乏学者清原善澄の家に強盗が入ったとき,善澄はいったんは板敷(すのこ)の下へ逃げ隠れたが,あまりに口惜しかったので泥棒が門を出て行ったあとを追って行き,〈耶(や),己等(おのれら),シャ顔共皆見ツ。夜明ケムマヽニ検非違使(けびいし)ノ別当ニ申シテ片端ヨリ捕ヘサセテム〉と叫んだところ,盗人どもは引き返し,とうとう殺されてしまった,とあり,末尾で〈善澄才(ざえ)(漢学)ハ微妙(いみじ)カリケレドモ,露(つゆ),和魂(やまとだましい)无(な)カリケル者ニテ,此(かか)ル心幼キ事ヲ云テ死ヌル也トゾ〉と批評されている。…

※「清原善澄」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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