…清原氏の嫡流。船橋とも書く。初め高倉と称したが,大蔵卿清原国賢の子である式部少輔秀賢のときに,左大臣近衛信尹の推挙によって堂上を勅許され,以来舟橋と称するようになった。家格は半家。明経道の家柄で代々儒道を家業とし,当主は明経博士となり,主水正,少納言,侍従を経て非参議に進むのを例とした。江戸時代には家禄400石を給された。秀賢は学才があり,徳川家康の命を受けて古書の収集に努め,また後陽成・後水尾両天皇の侍読を務めた。…
※「清原秀賢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の9月中 (9月後半) のことで,太陽の黄経が 210°に達した日 (太陽暦の 10月 23日か 24日) に始り,立冬 (11月7日か8日) の前日までの約 15日...