世界大百科事典(旧版)内の清吾織の言及
【館林[市]】より
…なお城主は延べ7氏が交代,幕末は秋元氏6万石が居城した。付近の農村はつむぎ織を余業としていたが,のち清吾織という袴地を生産,ついで幕末以後中野絣の名で木綿織が知られ,1910年代その市場として活況を呈した。【山田 武麿】。…
※「清吾織」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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