源光信(読み)みなもとのみつのぶ

朝日日本歴史人物事典 「源光信」の解説

源光信

没年:久安1.10.4(1145.10.21)
生年:寛治5(1091)
平安末期の武将清和源氏の一流である美濃源氏。源光国と藤原家実の娘の子。美濃国(岐阜県)土岐郡に住し土岐氏の祖となったともいわれる。検非違使,左衛門少尉,従五位上。鳥羽院政期の都における有力な武者のひとりであり「鳥羽院四天王其一」といわれた。大治4(1129)年の南都興福寺の悪僧追捕においては主戦力として活躍。しかし翌年源義親を称する者を前関白藤原忠実の邸宅鴨院にて殺害,この闘乱事件のため土佐に配流された。13年後の康治2(1143)年ようやく召し返され,本位に復して土佐判官と号したが,翌々年頓死した。

(木村真美子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「源光信」の解説

源光信 みなもとの-みつのぶ

土岐光信(とき-みつのぶ)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android