世界大百科事典(旧版)内の澱看席の言及
【茶室】より
…恵観山荘(鎌倉市,宗偏流山田家)は一条恵観が西賀茂に営んでいた茶室で,江戸時代初期の貴族好みを代表する。澱看席(よどみのせき)(京都市,西翁院)は藤村庸軒の作,総屋根裏に道安囲みを組み入れたわびた構えに,庸軒の茶境がよくあらわれている。遼廓亭(京都市,仁和寺)はもと尾形乾山の住居で兄光琳の好みになり,芸術家らしい創意とくふうが随所の意匠に示されている。…
【藤村庸軒】より
…また三宅亡羊や山崎闇斎から儒学の教えを受け,その漢学的素養は彼の茶の湯にも大きく影響して,好みの茶器にも,茶の湯の世界にも文人的感覚が色濃く反映されている。京都黒谷金戒光明寺内の西翁院の澱(淀)看席(よどみのせき)や大津市堅田の居初家に残る天然図画亭(てんねんずえてい)は庸軒の好みとして知られている。【筒井 紘一】。…
※「澱看席」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」