玄鹿館(読み)げんろくかん

世界大百科事典(旧版)内の玄鹿館の言及

【写真館】より

…その後,明治も半ばをすぎると豪華なしつらえを誇る写真館が登場した。なかでも,1895年に鹿島清兵衛が東京木挽町に開業した玄鹿館は間口10間,奥行き15間の洋館2階建てで,2500燭光の照明を備えた写場には,まわり舞台がしつらえてあって,書割りがわりに芝居の道具を使い,客の希望にあわせて,時代物,世話物など,あらゆる演出が可能なほどの凝りようであったという。【加藤 秀俊】。…

※「玄鹿館」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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