玉川新十郎(読み)たまがわしんじゅうろう

世界大百科事典(旧版)内の玉川新十郎の言及

【座元(座本)】より

…櫓主,太夫元ともいう。江戸では,1624年(寛永1)に猿若(中村)勘三郎が幕府に願い出て,中橋での興行を許されたのが座元の始まりで,以後,都伝内,村山又三郎,山村小兵衛(長太夫),河原崎権之助,森田太郎兵衛,玉川新十郎がそれぞれ劇場を立てて座元となった。57年(明暦3)の江戸大火後,中村勘三郎,市村宇(羽)左衛門,森田勘弥,山村長太夫の4人に限り座元として興行することが許されたが,1714年(正徳4)の江島生島事件で山村長太夫が官許を取り消され,山村座は廃絶した。…

※「玉川新十郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む