玉手則光(読み)たまてのりみつ

世界大百科事典(旧版)内の玉手則光の言及

【上桂荘】より

…開発領主は桂川の津守津公。津公,兼枝,玉手則光と相伝し,997年(長徳3)則光は中司職(内容は下司職同様と考えられる)を留保して領家職を東三条院大納言局に寄進。領家職を継承した内大臣阿闍梨清厳は,七条院(後鳥羽天皇生母)に本家職を寄進。…

※「玉手則光」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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