世界大百科事典(旧版)内の《王貴と李香香》の言及
【李季】より
…その後太行山地区の八路軍の政治指導員を経,47年まで陝西省北部で,教育宣伝関係を担当。当時発表した《王貴と李香香》は,民謡形式の長編叙事詩として,そのドラマティックな内容とともに,中国現代文学史上に明記される。文化大革命後,《詩刊》《人民文学》主編となり,他の詩集に《菊花石》《生活の歌》がある。…
※「《王貴と李香香》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…その後太行山地区の八路軍の政治指導員を経,47年まで陝西省北部で,教育宣伝関係を担当。当時発表した《王貴と李香香》は,民謡形式の長編叙事詩として,そのドラマティックな内容とともに,中国現代文学史上に明記される。文化大革命後,《詩刊》《人民文学》主編となり,他の詩集に《菊花石》《生活の歌》がある。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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