理神論論争(読み)りしんろんろんそう

世界大百科事典(旧版)内の理神論論争の言及

【トーランド】より

…スコットランドとオランダで学んだ後にイングランドに戻り,1696年に《キリスト教は神秘的でない》を公刊した。これはロックの《キリスト教の合理性》(1695)の中のキリスト教の合理的性格の論証を援用して,キリスト教の中には理性を超えた神秘的要素は何ひとつ存在しないと強調して,理神論者と国教徒の間のいわゆる〈理神論論争〉の勃発の機会を作った。彼のキリスト教の秘跡の否認の論証は,その後ヒュームがその宗教的著作の中で完成させた厳密な合理主義的宗教批判の先取りと言ってよい。…

※「理神論論争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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