生江安麻呂(読み)いくえのやすまろ

世界大百科事典(旧版)内の生江安麻呂の言及

【生江東人】より

…のち754年2月には寺家の田使曾禰乙麻呂らとともに同国坂井郡桑原荘の経営に参画するなど,東大寺領諸荘園の経営に大きな役割を果たした。時に足羽郡大領の地位にあったが,同郡では749年当時の大領として生江安麻呂がいたので,生江氏は同郡の伝統的豪族であったと考えられる。彼は大領に任ぜられる以前から足羽郡道守(ちもり)村に墾田100町をみずから開墾し東大寺功徳料として寄進して経営にあたっていた。…

※「生江安麻呂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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