《産業体制論》(読み)さんぎょうたいせいろん

世界大百科事典(旧版)内の《産業体制論》の言及

【サン・シモン】より

…彼の監修による共著《産業L’industrie,ou discussions politiques,morales et philosophiques》(1816‐18)では〈すべては産業によって,すべては産業のために〉という標語を掲げて,働く人びとの連合としての搾取なき産業体制社会の実現を力説した。さらに《組織者》(1819),《産業体制論Du système industriel》(1821‐22)で現代を〈逆立ちした世界〉と規定し,その大転換として産業社会の青写真を描いた。挫折して自殺を試みたが一命をとりとめ,A.コントとの共著《産業者の教理問答Catéchisme des industriels》(1823‐24)でプロレタリアの解放を目的とした産業体制の組織を論じ,その精神的・道徳的再武装を遺著《新キリスト教Nouveau christianisme》(1925)で説いた。…

※「《産業体制論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む