甲府家(読み)こうふけ

世界大百科事典(旧版)内の甲府家の言及

【甲斐国】より

…61年(寛文1)徳川綱重が領知高14万4000石を笛吹川以西の山梨郡と巨摩郡にあたえられると(河西領),その地の給人は他へ移され,笛吹川以東の河東は幕府直轄領と旗本給地が入り組んだ。綱重から子綱豊(のちの家宣)が将軍綱吉の養嗣子として江戸城西丸に入るまで甲府家は43年間続いた。1704年(宝永1)柳沢吉保が山梨,八代,巨摩3郡を受封,子吉里が24年(享保9)転封するまで2代にわたって国中地方を領有した。…

※「甲府家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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