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町田宗加 まちだ そうか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

町田宗加 まちだ-そうか

町田寿安(まちだ-じゅあん)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

町田宗加

没年:寛永8.12.18(1632.2.8)
生年:生年不詳
江戸前期のキリシタン。長崎六町時代からの町の頭人,のちの町年寄ひとり。霊名ジョアン(日本語で寿安)。長崎の慈悲の組(キリシタンの信心会)が慶長7(1602)年イエズス会総長に出した手紙のサインに「ジョアン町田宗可」,元和4(1618)年『コーロス徴収文書』に「町田宗加寿庵」,元和7(1621)年のウルバノ8世への長崎信徒奉答文に「町田寿安」と宗加の署名花押が残り,長崎の町政とキリシタンの指導者であったことを物語る。寛永3(1626)年長崎奉行の迫害強化によって長崎を追放され,奥州にあって寛永8(1632)年二本松火あぶりの刑で殉教した。『長崎根元記』にも町田家が滅ぶとある。<参考文献>L.パジェス『日本切支丹殉教史』

(片岡千鶴子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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