《相馬良門莩文談》(読み)そうまよしかどめばえぶんだん

世界大百科事典(旧版)内の《相馬良門莩文談》の言及

【勝能進】より

…師の作品の助筆を勤める一方で,同僚の竹柴濤治とともに,諺蔵,言彦,河流舎の名で1858年刊《江戸桜清水清玄(えどざくらきよみずせいげん)》など師の原作になる草双紙を書く。68年(明治1),師が退座したあとで市村座の立作者となるが,経済的困窮と,大谷友右衛門の招きとで大阪に下り,71年《相馬良門莩文談(そうまよしかどめばえぶんだん)》が東京風の脚色で好評。以後息子の3世諺蔵とともに大阪劇壇の第一人者となる。…

※「《相馬良門莩文談》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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