瞿曇譔(読み)くどんせん

世界大百科事典(旧版)内の瞿曇譔の言及

【瞿曇悉達】より

…九執暦にはアラビア数字の源流となったインド数字や,ギリシアからインドに伝わった正弦関数が記載された。1977年に西安市の近くで悉達の子にあたる瞿曇譔の墓が発見され,その墓誌銘によって瞿曇家の家系が明らかになった。悉達の祖父にあたる瞿曇逸がインドから来て長安に住み,その子の羅は則天武后の698年(聖暦1)に勅命を受けて光宅暦をつくり,また譔は太史令となった。…

※「瞿曇譔」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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