石寺(読み)いしでら

世界大百科事典(旧版)内の石寺の言及

【観音寺城】より

…元来佐々木氏の本拠は八日市市の小脇にあったが,このころから観音寺城が六角氏の本城となり,順次城郭と城下町の整備が進んだ。1533年(天文2)に城下石寺の釘抜(木戸)を作るために付近の村から用材を徴発したのをはじめ,16世紀の中ごろ,六角定頼から六角義賢の代にかけて大規模な改修工事をくり返したことを示す史料が残る。1539年相国寺の僧が訪れ,城内の2階建ての屋形で宴が設けられたという記録などから,このころには恒久的な居城の体裁ができ上がっていたことがわかる。…

※「石寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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