石火矢橋(読み)いしひやばし

世界大百科事典(旧版)内の石火矢橋の言及

【饒波川】より

…大里村平良(たいら)付近から東風平(こちんだ)町にかけては島尻層泥岩地帯の谷状低地を貫流し,豊見城(とみぐすく)村の饒波,高安で北流して国場川下流の漫湖に流入する。豊見城城跡南東の地点に架けられた石火矢(いしひや)橋はかつては那覇港への間道の橋で,1697年(元禄10)に5連の石橋に改造されたが,沖縄戦により破壊された。近年,流域の住宅地化が進んでいる。…

※「石火矢橋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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