世界大百科事典(旧版)内の破庵派の言及
【臨済宗】より
…臨済宗は宋代の士大夫(したいふ)階層の支持を得てしだいに隆盛におもむき,初め黄竜派が発展したが,のち楊岐派がこれに代わった。特に大慧宗杲(だいえそうこう)は公案による参禅工夫の禅風を完成し,虎丘紹隆(くきゆうじようりゆう)の門流密庵咸傑(みつたんかんけつ)は,松源崇岳(しようげんすうがく),破庵祖先(ほあんそせん)など多数の逸材を養成し,松源派,破庵派などの大門派を形成し,楊岐派の基礎を固めた。 日本に初めて本格的な臨済禅をもたらした栄西は,虚庵懐敞(こあんえじよう)に嗣法して黄竜派の臨済禅をもち帰った。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」