祆寺(読み)けんじ

世界大百科事典(旧版)内の祆寺の言及

【祆教】より

…ちなみに北周の宇文護の小字は薩保であった。唐代では,教徒たちの拝火の殿堂である祆祠ないし祆寺は,敦煌,涼州,伊州はいうまでもなく,国都の長安に数ヵ所,また洛陽などに存在し,いわゆる三夷寺の一つであった。顔真卿の子の小字を穆護と称し,これは牧護と同じで,祆教の僧侶の意味である。…

※「祆寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む