神田八丁堀(読み)かんだはっちょうぼり

世界大百科事典(旧版)内の神田八丁堀の言及

【神田】より

…神田全体は大江戸の都市需要をみたす総合産業地区として発達した。さらに1690年(元禄3)には鎌倉河岸東端から,本町通りと神田の境に町人自費による運河の神田八丁堀(竜閑川)が掘られ,浜町,蠣殻(かきがら)町を経て江戸湊と結ぶ水路もできた。これは神田をめぐる商・職の活動ぶりを示す象徴的なものでもあった。…

※「神田八丁堀」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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