神道石柱(読み)しんどうせきちゅう

世界大百科事典(旧版)内の神道石柱の言及

【石人石獣】より

…だが,前漢の遺例はこのほかになく,後漢代に墓前に立てられた石人石獣が後代につながる形式をとる。長期間の間に,原位置から移動している場合が少なくないが,墳丘正面の参道を神道(しんどう)とよび,その両側に左右1対の石闕(せつけつ)(石でつくった入口の楼門),石獣,神道石柱(墓主の姓名を記し墓域を示す標柱。神道碑,華表ともいう)を立てたようである。…

【石碑】より

…梁の遺例が南京(円陽)地方に造営された陵墓に多くのこっている。石碑は墳丘の正面に設ける参道(神道(しんどう)という)の左右に神道石柱(神道碑,華表ともいう)や石獣とともに立てられている。神道石柱は後漢代にあらわれたもので,円柱の上部に方形の板を彫りだし,被葬者の墓域をしめす題字を刻り,柱の頂部に石獣を彫刻した蓋石をのせたものである。…

※「神道石柱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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