世界大百科事典(旧版)内の票擬の言及
【殿閣大学士】より
…これより内閣大学士の称がある。その職務は皇帝の行う決裁の原案を作成することで,これを票擬といい,内閣大学士は事実上の宰相であった。清制は明制を襲ったが,雍正時代に軍機処が設けられると,内閣の実権はこれに移った。…
【内閣】より
…これが中国の内閣制度の起源で,その後,閣臣に殿閣大学士の官が加えられてから内閣大学士の称が起こった。その職掌のうち最も重要なことは,諸臣の上奏文に対して天子が書き入れる批答すなわち決裁の原案を作成することで,これを票擬という。つまり閣臣は政策の決定にあずかるもので事実上の宰相である。…
【明】より
…洪武年間から皇帝の顧問として置かれた数名の殿閣大学士が,永楽年間(1403‐24)からは機務に参与するようになって,内閣と称されたが,さらにその後は,皇帝のもとに提出される上奏文を,あらかじめ下読みして,これに対する皇帝の決裁の文案を用意するようになった。これを票擬という。 一方,大学士の位は正五品であまり高くなかったが,永楽から宣徳・正統にかけて,楊士奇をはじめ長期在任の大学士が続出し,しかも六部の侍郎(次官)や尚書(長官)を兼ねる者が多くなったため,自然大学士の格が非常に高くなった。…
※「票擬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」