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秋田湾地区開発計画 あきたわんちくかいはつけいかく

世界大百科事典内の秋田湾地区開発計画の言及

【秋田[市]】より

…昭和10年代の国の東北開発振興政策で,パルプ(新屋(あらや)),化学肥料(茨島(ばらじま))などの近代工業が興り,八橋(やばせ)油田の開発は製油・石油化学工業(土崎)に寄与した。1965年,新産業都市指定とともに,秋田湾地区開発計画が策定され,秋田港の大改修と火力発電所建設を軸に,製錬所(飯島),製紙,合板など(向浜)の工場が誘致されたが,高度成長期が終わるとともにこの計画も大幅に見直されることになった。最近は秋田テクノポリス構想に基づいて電気機器・精密機器工業が急速に発展し,市の製造品出荷額は県の約2割(1995)を占めている。…

【秋田平野】より

…秋田平野では数多くの油田が開発されたが,最大の八橋(やばせ)油田は1950年から13年間,日本一の座を保ち,秋田市の工業発展に寄与した。65年,秋田・男鹿両市とその間の町々が新産業都市に指定され,秋田湾地区開発計画が策定されて,港湾および産業道路の整備,火力発電所建設,大型工場誘致などが促進されたが,高度経済成長時代が終わってからは,この計画も見直されている。1905年開通の奥羽本線は,雄物川水運や街道交通にとって代わったが,近年,道路交通の重要性が復活し,秋田市中心のバス網も整った。…

※「秋田湾地区開発計画」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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