秦箏(読み)しんそう

世界大百科事典(旧版)内の秦箏の言及

【箏】より

…箏は,戦国時代(前403‐前221)に秦の将軍蒙恬(もうてん)が作ったという説があるが信ずるに足りない。しかし,秦で広く行われていたことから秦箏とも呼ばれ,中国大陸西部に興った秦と箏との関係は密接である。竹製の胴に5弦を張った打弦楽器である筑(ちく)から出たとする説もあり,伝説では秦人の兄弟(父子とも)が25弦の瑟をめぐって争い,12弦と13弦の二つの楽器に分けたために箏の文字があてられるようになったという。…

※「秦箏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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