《程氏易伝》(読み)ていしえきでん

世界大百科事典(旧版)内の《程氏易伝》の言及

【程頤】より

…50歳を過ぎて天子の進講役に任ぜられたが,晩年は党争にまきこまれ,四川省の涪(ふ)州に流されて辛酸をなめた。このときに書かれたのが,その思想の総決算というべき《程氏易伝(えきでん)》(《易経》の注釈書)であった。彼の思想はひと口に〈理〉の哲学といわれるが,理と気を峻別し,一事一物に宿る理の追求(窮理)を学問の根底にすえた。…

※「《程氏易伝》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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