竜首渠(読み)りゅうしゅきょ

世界大百科事典(旧版)内の竜首渠の言及

【渭水】より

…この地域には周の鎬京(こうけい),秦の咸陽,唐の長安などが開かれ,早くから渭水水系を利用した灌漑渠道が開削されてきた。前246年,涇河と洛河を結ぶ鄭国渠がひかれて以来,前95年(太始2)漢の武帝の時代に涇河と渭河を結ぶ白渠,さらに商顔山を貫き,トンネルと井戸をくみあわせた〈井渠(せいきよ)〉の形をとった竜首渠などがつくられた。唐代以後は開削はすすまず,土砂の堆積のため廃道となったものが多かったが,1935年に涇恵渠が開通,解放後も渭恵渠など多数の渠道が設けられたため,農業用水利灌漑網が完成した。…

※「竜首渠」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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