世界大百科事典(旧版)内の第二結集の言及
【結集】より
…そのときに釈尊の侍者アーナンダĀnanda(阿難)が中心となって教法が結集され,ウパーリUpāli(優婆離)が中心となって戒律(ビナヤ)が結集されたと伝えられる。その後100年を経てバイジャーリー(毘舎離)において第二結集が行われ,さらにアショーカ王の時代にパータリプトラ(華氏城)において第三結集が行われたといわれる。こうして整理された教法はスートラ(経,〈たて糸〉の意)と呼ばれ,やがて長文の経典となった。…
※「第二結集」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」