《第1,第2周年追悼詩》(読み)だいいちだいにしゅうねんついとうし

世界大百科事典(旧版)内の《第1,第2周年追悼詩》の言及

【ダン】より

…これらの詩は,生前には手稿として回覧されるにとどまったが,死後《恋愛小曲集》(1633)として出版された。生前の出版としては《自殺論》(1608),《偽殉教者》(1610),《イグナティウスの秘密会議》(1611)などの散文による宗教論,またおそるべき奇想を積み上げつつ当時の宇宙誌を展開した《第1,第2周年追悼詩》(1611‐12)などがある。 宮廷での栄達を望むこと久しかったが,国王ジェームズ1世の強いすすめもあって,1615年に英国国教会の牧師となる。…

※「《第1,第2周年追悼詩》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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