第2次シク戦争(読み)だいにじしくせんそう

世界大百科事典(旧版)内の第2次シク戦争の言及

【シク戦争】より

…この戦いでシク教徒側は敗れ,その結果500万ルピーの賠償金とともにジャンムー・カシミールを失い,パンジャーブの中心都市ラホールにはイギリスの駐在官が入った。イギリスはこれにとどまらず,一方的な改革を強行してシク教徒を刺激し,第2次シク戦争(1848‐49)となる。しかしシク王国内の不統一がイギリス側のつけいるところとなり,シク軍主力が49年2月にグジャラートで決定的な打撃をこうむり,戦争は敗北に終わる。…

※「第2次シク戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む