篠田栗彙(読み)しのだりつい

世界大百科事典(旧版)内の篠田栗彙の言及

【狂歌】より

… 近世中期には中心が大坂に移り本格的な流行期を迎え狂歌師も職業化してくる。大坂御堂前の菓子屋永田貞柳は,一族ことごとく狂歌をたしなみ,通俗的な作風で人気を博し門弟三千と称し,大坂の栗柯亭木端(りつかていぼくたん),一本亭芙蓉花(いつぽんていふようか),混沌軒国丸(こんとんけんくにまる),広島の芥川貞佐,名古屋の秋園斎米都,永田庵其律,江州八幡の千賀,京都の篠田栗彙ら皆貞柳の流れをくむ人々である。このころ京都には公家の風水軒白玉(正親町公通(おおぎまちきんみち))や自然軒鈍全,九如館鈍永がいた。…

※「篠田栗彙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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