《籌海私議》(読み)ちゅうかいしぎ

世界大百科事典(旧版)内の《籌海私議》の言及

【塩谷宕陰】より

…忠邦の失脚後も浜松藩中に重きをなし,禄200石に至った。折からアヘン戦争の風聞が伝わり,ペリーが米艦を率いて浦賀に来航するなど,欧米諸国による侵略を恐れて日本の朝野では議論が沸いたが,宕陰は《阿芙蓉彙聞(あふよういぶん)》や《籌海私議(ちゆうかいしぎ)》を著して海防の必要を説いた。のち14代将軍徳川家茂のときに抜擢されて幕府の儒官となった。…

※「《籌海私議》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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