米津清右衛門尉(読み)よねきずせいえもんのじょう

世界大百科事典(旧版)内の米津清右衛門尉の言及

【矢作川】より

…【溝口 常俊】
[矢作川付替え]
 矢作川の付替え工事は1605年国役普請として江戸幕府が一部の費用を負担し,他を地元の三河に所領をもつ領主と本百姓に負担させたものである。普請奉行は徳川家康の近臣で前年に三河の検地奉行をつとめた米津(よねきづ)清右衛門尉という。中世に岡崎から8kmほど下流の浅井村と江原村(ともに現,西尾市)の間の山を掘って川を通したが,工事が難航したので川幅を狭くした。…

※「米津清右衛門尉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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