粟津座(読み)あわづざ

世界大百科事典(旧版)内の粟津座の言及

【今宮神人】より

…91年(元中8∥明徳2)淀魚市の商人と販売権のことで争論を起こしているが,淀の商人が塩物を卸売するのに対し,彼らはエビ,カサメ(カニの一種),貝など生鮮物のうち比較的遠隔地に運べるものを京都の問屋に卸す権利を持っていたが,祇園祭以外には京都での直売は許されていなかった。また1516年(永正13)には江州(滋賀県)粟津座とも争っているが,室町幕府より粟津座は店舗販売,今宮神人は前記様式の販売のみと定められた。その活動は天正年間(1573‐92)ころまで史上にみられる。…

※「粟津座」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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