精錡水(読み)せいきすい

世界大百科事典(旧版)内の精錡水の言及

【広告】より

…そのなかにまじって日本人による初めての広告がなされたのは,横浜の中川屋嘉兵衛によるパン,ビスケットなどの小売広告であった。明治に入ると,前記の《横浜毎日新聞》をはじめ,《東京日日新聞》(《毎日新聞》の前身),《読売新聞》,《中外物価新報》(のちに《中外商業新報》から《日本経済新聞》となる),《朝日新聞》などの日刊新聞が相次いで創刊され,宝丹(胃腸薬),岸田吟香発売の精錡水(せいきすい)(目薬)など商品広告が現れ,全ページ広告もみられるようになった。こうして出発した新聞広告は,その後,日本経済の成長とともに盛んになり,1935年ころには,広告面は全紙面の35%,多い新聞では60%以上を占めるようになっている。…

※「精錡水」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む