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紀二位 きのにい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

紀二位 きのにい

藤原朝子(ふじわらの-ちょうし)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

紀二位

没年:仁安1.1.10(1166.2.12)
生年:生年不詳
平安末期の貴族。後白河天皇乳母。紀伊守藤原兼永の娘朝子。紀伊二位,紀の御ともいう。博学宏才で世に聞こえ平治の乱(1159)で殺された藤原通憲(信西)の妻。待賢門院に仕え,大治2(1127)年その皇子雅仁親王(のちの後白河天皇)の乳母のひとりに選ばれた。古来乳母と養君との関係は極めて深く,朝子も生母のごとく重んじられた。加えて夫信西の権勢が盛んになるに従い,朝子の地位も上がり,保元2(1157)年には後白河天皇の即位儀礼で八十島祭使を務め,平治1(1159)年二位に叙せられた。没後もなお後白河院の追慕を受け,忌日には院自ら供養に出向くほどであり,さらに朝子の発願である清浄光院が焼失したときも直ちに院の沙汰で再建されている。また,信西との間に成範,脩範,勝賢らをもうけているが,いずれも院に重用されている。『愚管抄』『今鏡』などによれば,朝子は非常に小柄で,賢明な女性であったという。

(木村真美子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の紀二位の言及

【信西】より

…しかし法体となった信西は,同じく法体の上皇にいちだんと親近し,院近臣グループのリーダー格にのしあがった。また35年(保延1)ころ,紀伊守藤原兼永の女朝子をめとったが,これが後白河天皇の乳母として有名な紀二位で,この縁により信西は天皇の践祚後さらに勢威を伸ばした。ことに保元の乱前後の活躍は目覚ましく,天皇方の謀主となって勝利をおさめ,死刑を復活し,摂関家の分裂に乗じてこれを抑圧し,天皇親政をうたって新制(保元新制)を発布し,記録所を設け,平安内裏を復興した。…

※「紀二位」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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