納銭方会所(読み)のうせんかたかいしょ

世界大百科事典(旧版)内の納銭方会所の言及

【納銭方】より

…これが納銭方の最初であったと考えられる。6代将軍足利義教の初政期1430年代には,土倉統制のためのいくつかの法令が出されて幕府の規制が強まるとともに,納銭方会所(かいしよ)なるものが史料に見え,同業者としてのまとまりも見えるようになる。このころの納銭方とよばれるものの実態は,数軒から数十軒の酒屋・土倉を傘下にもち,酒屋であれば酒壺を,土倉であれば質物の員数を基準に,幕府に対し納銭の義務を負うものであったと考えられる。…

※「納銭方会所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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