統一ゴールド・コースト会議(読み)とういつごーるどこーすとかいぎ

世界大百科事典(旧版)内の統一ゴールド・コースト会議の言及

【ガーナ】より

… 第2次世界大戦が終わると,植民地主義体制の全般的弱体化のなかで,ゴールド・コーストのナショナリズム運動も急激な高まりをみせ始めた。先鞭をつけたのは47年に創設された統一ゴールド・コースト会議(UGCC)で,〈できるだけ早く自治を達成すること〉を目標に運動を展開した。1935‐45年のアメリカ留学を終えてロンドンでパン・アフリカニズム運動を推進していたエンクルマは,請われて帰国ののちUGCCの書記長に就任し,48年2~3月に起こった一連のデモや暴動を機に,ゴールド・コーストの行政権を〈族長と民衆の代表からなる暫定政府〉に即時移譲するよう要求した。…

※「統一ゴールド・コースト会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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