世界大百科事典(旧版)内の綺田の言及
【山城[町]】より
…〈狛野〉〈狛のわたり〉とよばれたこの一帯はやがて興福寺領狛野荘となり,室町時代には狛野南荘に狛氏,北荘に椿井氏がおり,応仁の乱や山城国一揆を経るなかで勢力の消長があった。北西部の綺田(かばた)には綺荘があり,同地の蟹満(かにまん)寺は蟹の報恩説話を伝える。江戸時代には皇室領,公家領,幕府領,津藩領などが錯綜した。…
※「綺田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…〈狛野〉〈狛のわたり〉とよばれたこの一帯はやがて興福寺領狛野荘となり,室町時代には狛野南荘に狛氏,北荘に椿井氏がおり,応仁の乱や山城国一揆を経るなかで勢力の消長があった。北西部の綺田(かばた)には綺荘があり,同地の蟹満(かにまん)寺は蟹の報恩説話を伝える。江戸時代には皇室領,公家領,幕府領,津藩領などが錯綜した。…
※「綺田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...