綿市問屋仲間(読み)わたいちといやなかま

世界大百科事典(旧版)内の綿市問屋仲間の言及

【繰綿問屋】より

…繰綿の主要産地が畿内であったため,大坂には早くから綿商人が発生していた。寛永年間(1624‐44)に京橋一丁目で綿の市場が開かれ,畿内や近江産の実綿・繰綿の取引が行われたが,綿売買に関係する商人が問屋・仲買・小売に分化するようになり,正保年間(1644‐48)に綿市問屋仲間が成立した。綿市が片原西町に移転させられた後,1666年(寛文6)に綿市問屋は大坂町奉行石丸定次の命により,三所綿市問屋と称するようになった。…

※「綿市問屋仲間」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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