義熙土断(読み)ぎきどだん

世界大百科事典(旧版)内の義熙土断の言及

【土断】より

…しかしこの僑州郡県制は,基本単位の僑県にしても,難民のまとまりを県とみなした行政上の措置で,まったく境域をもたなかったために,十分に目的を達することはできず,そのうえ,移住民と旧住民とは,実際は同じ地域に居住しているのに,戸籍の種類,支配系統,税役負担を異にしていて,差別と混乱を助長した。このような弊害を是正して国力の強化を図ったのが土断で,桓温(かんおん)の庚土戌断(364)や宋の武帝劉裕の義熙土断(413)は大きな成果をあげた。土断によって移住民の戸籍も白籍から黄籍へかわった。…

※「義熙土断」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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