世界大百科事典(旧版)内の聖ニコラウスの言及
【バーリ】より
…一時イスラムの支配を経て,885年ビザンティン帝国南イタリア領の中心地となり,ローマ・カトリックの西洋と東方正教の東方世界との接点となったが,1071年ノルマン人に征服され,イタリア半島におけるビザンティン領土は消滅した。87年バーリの水夫たちは,小アジアのミュラから聖ニコラウスの遺骸を持ち帰り,聖人にちなんだ大聖堂が建設され,バーリは巡礼の中心地となる。98年,第1回十字軍を組織したウルバヌス2世により,ラテン教会とビザンティン教会の和解を図る公会議が開催されたが,目的は果たされなかった。…
※「聖ニコラウス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」