背奈行文(読み)せなのこうぶん

世界大百科事典(旧版)内の背奈行文の言及

【高麗氏】より

…高句麗の王族級出身の渡来氏族。668年の高句麗の滅亡前後,日本に亡命,帰化した人々の子孫。716年(霊亀2)駿河,甲斐,相模,上総,下総,常陸,下野の7国の1799人の高句麗人を移して武蔵国に高麗(こま)郡が置かれた(埼玉県飯能市,日高町一帯)。武蔵高麗氏の始祖は若光といわれ,703年(大宝3)王姓を与えられた。高麗神社(日高町)社家高麗氏にはその系図が伝わる。発掘された大寺廃寺,高岡廃寺も高麗氏が造営した奈良・平安時代の寺院であろう。…

【高麗福信】より

…祖父福徳は高句麗より帰化して武蔵に住んだ。若年の時に明経博士として聞こえた伯父の背奈行文に従って上京,相撲の力を認められて出仕し,右衛士大志となった。738年(天平10)外従五位下に進み,743年春宮亮となる。…

※「背奈行文」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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