胡漢二重体制(読み)こかんにじゅうたいせい

世界大百科事典(旧版)内の胡漢二重体制の言及

【五胡十六国】より

…たとえば劉淵の挙兵時には,無道な晋朝の奴隷的な待遇をくつがえして,栄光ある匈奴国家の復興を目ざすという理念が掲げられた。それを裏書きするように前趙では,胡族は部落ごとに編成されて,郡県制下の漢族とは異なる扱いを受け(胡漢二重体制),国軍兵士の供給源となった。国軍は帝室一族によって分統され,塞外時代の部族連合を再現する形をとった。…

※「胡漢二重体制」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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