脇愚山(読み)わき・ぐざん

朝日日本歴史人物事典 「脇愚山」の解説

脇愚山

没年:文化11.10.3(1814.11.14)
生年:宝暦14.5.12(1764.6.11)
江戸中・後期の儒学者。名は長之,字は子善,通称儀一郎。愚山は号,また蘭室とも。豊後(大分県)豊岡の人。若くして『四書集註』『唐詩選聞書』を読み,21歳熊本の藪孤山に入門,詩を伊形霊雨に学んだ。三浦梅園にも教えを請い,のち上坂して中井竹山師事,程朱学の基礎を固めた。熊本藩藩校時習館訓導また鶴崎定詰熊本藩士子弟教導方となった。帆足万里門人漢詩文,和歌,和文にも優れた。<著作>『淳風会講旨』『歳蘭漫語』『大学質問』『蘭室集略』『籬草』『見し世の人の記』,久多羅木儀一郎編『脇蘭室全集』<参考文献>西村天囚学界偉人

(水田紀久)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

367日誕生日大事典 「脇愚山」の解説

脇愚山 (わきぐざん)

生年月日:1764年5月12日
江戸時代中期;後期の儒学者
1814年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む