臘月庵(読み)ろうげつあん

世界大百科事典(旧版)内の臘月庵の言及

【裏千家流】より

…その折,京都から大樋長左衛門を伴って金沢に赴き,〈大樋焼〉を開窯し,宮崎寒雉を指導して茶の湯釜を鋳造させたという。臘月庵と号し,織田有楽の孫三五郎長好とも交友をもっている。仙叟の子不休斎常叟は,5世を継承して加賀藩の茶道奉行となり,のち伊予松山藩主久松家にも仕えたが,32歳で夭折した。…

※「臘月庵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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