《自由の憲章》(読み)じゆうのけんしょう

世界大百科事典(旧版)内の《自由の憲章》の言及

【ハイエク】より

…50年から62年までは,シカゴ大学の社会・道徳科学教授として,F.ナイト,G.スティグラー,M.フリードマンなどの研究グループの中で指導的役割を果たした。この時期の著作には《科学による反革命》(1952),《自由の憲章》(1960)がある。その後ヨーロッパに戻ってからは,畢生の大作といわれる《法,立法,自由》(第1部1973,第2部1976,第3部1979)を完成,この書の第3部のエピローグ〈人間的価値の三つの源泉〉はハイエクみずから知的遺言の書であると認めている。…

※「《自由の憲章》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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