《至福の都》(読み)しふくのみやこ

世界大百科事典(旧版)内の《至福の都》の言及

【ユートピア】より

…人文主義や宗教改革など16世紀の精神と響和して,《ユートピア》は人間主義と原初志向とをうたいあげ,あわせて現実批判の鋭利な手段ともなりえたのである。同世紀にはほかにA.F.ドーニ《世界》(1552),F.パトリーツィ《至福の都》(1553)など,新世界情報をも盛りこんだユートピアが描かれた。17世紀初頭には著名な2例があらわれる。…

※「《至福の都》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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