世界大百科事典(旧版)内の興正寺別院の言及
【富田林[市]】より
…中央部は大和川の支流石川の沖積地で,条里制の遺構が示すように古くから開けたところである。中心の富田林は石川の河岸段丘上に形成された興正寺別院の寺内町に始まり,以後,南北方向の東高野街道と東西方向の富田林街道の交差する要衝として栄えた。1898年河陽鉄道(現,近鉄長野線)が開通し,1923年には大阪の阿倍野橋まで延長(現,近鉄南大阪線)されて市街地が拡大した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」