朝日日本歴史人物事典 「舎利菩薩」の解説
舎利菩薩
奈良時代後半の尼。民衆仏教の世界で活躍し,多くの信者たちから「菩薩」とたたえられた女性宗教家。舎利菩薩は通称で,正式出家名は不明。あるいはないか。『日本霊異記』下巻第19話にみえるのみで,同時代の史料は他になく,実像は伝承のかなたに茫漠としている。同話によれば,彼女は肥後国(熊本県)八代郡豊服郷の人で,豊服広公 の娘。母は最初ひとつの肉のかたまりを産んだ。それは卵のようであった。7日後に殻が破れて女の子が生まれた。それが彼女であるという。成長するにつれ,頭が首にめりこんであごがなく,身長低く,女性器もなかった。生まれつき利口で,7歳以前に経典を転読,やがて出家したという。人々から 猿聖とあざけられることもあったが,その一方多くの信者も得た。都から来た高僧と問答をして論破したともいう。地域の化主(教主)として活躍した。日本古代に人々から菩薩と称された仏教者の中で,今日知られる唯一の女性である。異形で,異常生誕伝説を持つ民間宗教家。その出家は私度であろう。伝承性が色濃いが,架空の人物とは考えにくく,実在の尼と推測される。
(吉田一彦)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報